どのような文章を書きたいかを考える

株式会社Wasei代表の鳥井 弘文さんのブログ(https://wasei.salon/blogs)を読むと「こんな文章が書きたい」と思います。

Wasei Salon

もっと適切に書くと「情報を含んだ文章は鳥井さんのように書きたい」と思っています。

 

エッセイのような書き口で、柔らかいながらも「意思」を感じる文章。それでいて情報も有益なもので、読んでいてとてもタメになる。

なぜ好きかを考えてみると「文体」がはっきりしているからなのかな、とぼんやり思います。どの記事を読んでみても「鳥井さんが書いた文章だな」とわかるような文章で、しっかりと読み手を引きつけるものがあります。

どことなく「あたたかさ」を含んだような文章で、人肌に触れたときのような安心感も特徴です。

 

考えてみると、好きな作家さんも確固とした「文体」を持っています。

 

まず、村上春樹さん。

簡単な文章を書いているのにもかかわらず、その世界観はまるで異世界のような独特さを持っています。それでいて、比喩(メタファー)での表現が素晴らしく、直感的に理解できる生々しい感情表現が魅力だと思っています。

小説を書く」「日常的に文章を書く」といったタイミングでは、村上春樹さんの文章を参考にしています。

(これはネタバレになりますが、「みみずくは黄昏に飛びたつ」での川上未映子さんとの対話の中でたびたび「文体」の話が出てくるので、それに影響を受けて「文体」について考えるようになりました。)

 

次は、恩田陸さん。

ストーリーとしては、優しいものも、不思議なものも、怖いものも多数ありますが、文体として考えたときには「懐かしさ」が目立ちます。ノスタルジックな響きがあり、若いころに感じていた感情の機微などが感じられます。

日記や個人的なエッセイを書くときは、恩田陸さんの文章を参考にしてみると良いかもしれません。

個人的に好きな作品は、「夜のピクニック」と「蜜蜂と遠雷」です。どちらも学生たちの感情を懐かしさとともに描いています。

 

ぼくは「文体を獲得するのには時間がかかる」とも思っています。

それもそのはずで、文体は改めて書いた文章を読み返したときに「自然とできていたパターン」であることがほとんどのはずです。文章を書き続けて、その後にやっと見つけることが可能になるはずです(少し力技になりますが)。文体を探すためにも、文章は書き続けなければいけません。

 

Style is an index of of the mind(文体は心の窓である)」という言葉が欧米にあります。つまりは、「文体はある種のアイデンティティを持ったものである」というようなことでしょう。

筆者の心のありようが文体に表れ、読者に言葉にしなくても伝わっていく。

それこそが「文体」の素晴らしさであり、ぼくが書きたいと思う文章の源流にあるものだと思います。

 

※この記事はnoteにも公開されています。

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