文章を書くことは心のリハビリだ

ありとあらゆる情報が濁流のように押し寄せる社会をぼくたちは生きています。仕事をして、ニュースを見て、新しい情報を取り入れて。そんな時代の中で、情報に溺れてしまってる人も多いのではないでしょうか。

ぼく自身も、もともと好きだった映画を観たり、小説を読んだりしても、以前と比べると感動できなかったりします。まいにち必死に仕事をして、お金を稼いで、忙しく暮らしているのに、いざ「楽しもう」と思ってコンテンツを開いてみたら、感動できない「不感症」になっている。これほど悲しいことはありませんよね。

まるで自分が感情を失ったロボットになったみたい。

日々の生活で忙殺されるなか、感情を「無」にして与えられた仕事をこなし続ける。そんな仕事づけの生活で培った能力かもしれませんが、「よく生きる」ためには自分の感情に正直に生きることが必要ですよね。

そこで「自分が感情を失っているな〜」と感じたときには、ぼくは「文章を書くこと」にしています。

文章を書くことで、日々の生活でつい通り過ぎてしまいそうな感情に目を向けるようにします。すると、少しずつですが「自分はあのとき苦しかったんだ」「嬉しいときは、こんな感じだったなぁ」と不感症が治っていくような気がします。

ふと、この前感じたことなのですが、文章を書くことは絵を描くことに似ています。絵を描くには、絵の対象をじっくりと観察しなくてはなりません。じっくりと観察していると、対象に「深い理解」ができますよね。(それを端的に示したのが、ブルーピリオドの下記のシーン)

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ぼくにとっては「文章を書くこと」が、自分の感情に対する深い観察を与えてくれます。文章を書くことで「考える」よりも「感じる」ことができます。一度、過ぎてしまったことに目を向けることもできるし、自分がいま、どのように感じているかも感じることができます。

まさにぼくにとって「文章を書くことは心のリハビリ」となっています。「まいにちつまらないなぁ」と感じるのは、自分が不感症になっているだけかもしれません。

日常的に文章を書き始めてから、少しだけ自分の感情に反応できるようになった気がします。もしあなたが「この頃、感情が動いていないな」とこの記事を読んで気づいたなら、すこしだけいっしょに文章を書いてみませんか?

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次回の記事もぜひよろしくお願いします!

※この記事はnoteにも記載されています

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