原風景:川

多摩川まで散歩をした。河川敷でぼーっとしていると、思い思いのことをしている人が目につく。

釣りをしている人、脚を水につけて話し込むカップル、水に入ってびしょびしょになりながら遊ぶ親子、そして微かに聴こえる金管楽器の拙い音色。さらに、対岸に目を向けると、サイクリングロードを走る自転車やランニングをする人、犬の散歩をする女性だって目につく。

水の流れる心地よい音に癒されながら「今日の夕飯は何にしようかな」と考えたりする。

 

川を見ていると、とても落ち着いた気分になる。なんで川を見てるだけでこんなにも心が落ち着くのだろう?

思い返してみると、ぼくは海よりも、山よりも、川の近くで暮らしたいと思うことが多い。アメリカだったら、ポートランドに暮らしたいし、イギリスだったら、ロンドンで暮らしたい。(どちらも街の中心に川のある街)

 

おそらく原風景として川があるのだろう。小学生のときは毎日、学校にあった川で遊んでいたし、中学生や高校生のときには、なにか辛いことがあると自然と川へと足を運んでいた。成人してからも散歩といえば川沿いだったし、なにかと足を運んでしまう。

きっといまだってそうだ。なかなか人と会えないような状況で、仕事が少ないタイミングで自然と足を運んでしまったのだ。

辛いときはいつも川に助けられている。海や山よりも生活感に溢れていて、そばにあった川に。海みたいに自分がちっぽけに感じるような大きさもない川に。山みたいに自然の尊さを感じるようなエネルギーもない川に。

 

しかし、川には「流れ」がある。

川を見ているだけで流れによって、すべての感情が流されるような気がする。辛かったはずの悩みも「なんてことないさ」と伝えるように流してしまう。きっと、そんな川にぼくは何度も何度も救われているのかもしれない。

またすぐに川に来ることになるのだろう。でも、そのときもきっと変わらずに「なんてことないさ」と悩みを流してくれるのだろう。

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